ハンセン病市民学会に参加 ― 大島青松園を訪れて

20170519 ハンセン病市民学会シンポジウム
「未来に向けて私たちにできること 大島青松園の悲しい歴史を繰り返さないために」(シンポジウムの一場面:四国医療専門学校生の報告)

19日、県議団3人で、大島青松園で開催された ハンセン病市民学会に参加しました。

入所者の1人、徳島出身の森 和男さんが自治会長としてシンポジストとして参加されておられ、閉会後にご挨拶することができました。

治療法が確立され、隔離が必要でなくなった後も、国の不作為で長く隔離政策が続き、らい(後にハンセン病と改められた)予防法が改正されたのは、何と、1996年!
現在も未だに差別と偏見が続いているという話は衝撃でした。

現地で、シンポジウムとフィールドワークに参加し、ハンセン病患者の強制隔離政策の傷の大きさについて考えさせられると同時に、理不尽で過酷な仕打ちに会いながらも、人間の尊厳を失わず、助け合って生き抜いてきた入所者の強さ、明るさに心震える思いでした。

医療専門学校の学生さんや中学生など、参加者に若い人が多く、差別と偏見、人権侵害の歴史を学び、語り継いでいこうという真摯な姿勢にも励まされました。

シンポジウム終了後に開催された音楽家の沢 知恵さんと、入所者の東條 高さんのトーク&コンサートも感動的でした。

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総会アピールを読み上げる白川香川県議
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シンポジウム終了、白川容子香川県議とともに記念撮影

 

 

20170519 大島青松園 八十八カ所
 園内には、仏教をはじめ、天理教やキリスト教など宗教棟がいくつも建てられていて、ミニ四国八十八カ所もつくられている。生涯、園から出ることを許されなかった入所者が救いを求める場のひとつだった。

 

20170521大島青松園 
島内の火葬場横にある慰霊碑には、「生涯孤島但し安心立命」との言葉が刻まれている

入所者が亡くなると、島内の火葬場で骨となり、慰霊塔に納骨されます。現在は、火葬場にも職員が配置されていますが、以前は入所者の仕事場だったそうです。

「療養所」とは名ばかりで、当時はハンセン病(らい病)にかかった患者を強制隔離することが主目的の施設でした。入所者は、患者でありながら、まともな医療・看護を受ける体制もなく、水や食料の確保、炊事、洗濯など、生活のすべての作業を入所者同志の助け合いでこなさざるを得なかったそうです。そのため、病状を悪化させる患者が相次いぎました。