9月7日 県医労連 「いのち守るキャラバン宣伝」 で挨拶

 徳島県下で働く医療・介護労働者の労働組合が加盟する徳島県医療労働組合連合会=徳島県医労連 が、「いのちを守るキャラバン宣伝」をJR徳島駅前で行いました。
 私も日本共産党徳島県委員会を代表して、連帯と激励の挨拶をさせていただきました。
あいにくの土砂降りの雨で、人通りも少なく、医師・看護師・介護士増員、夜勤改善をめざす署名活動はできませんでしたが、傘をさして宣伝している組合員に近寄ってきて「署名しましょうか?」と声をかけてくださる方もおられました。
 日頃、患者さんのために献身的に働く医療労働者への信頼と共感を実感させられる光景でした。

ちょっとうれしい話

 私が集金している日曜版読者の方から、ちょっとうれしいお話しを聞きました。
ポストに配達された日曜版を手に取っていたら、お隣の方が、「お宅も日曜版、とっているんですか?」と声をかけられたそうです。
お隣さんは、大阪で住んでいたときに、知り合いの民商の方から勧められて購読して以降、ずっと読んでいるのだとか。
「それじゃあ、参議院選挙で、上村さんと共産党に投票されたんですか?」と聞くと、「入れましたよ。」との返事だったとのこと。
 こうやって赤旗読者の輪がもっともっと広がると心強いですよね。なんだか、ハッピーな気分になれた話でした。

8月31日、治安維持法国賠同盟県本部大会で挨拶

8月31日に開催されった、第24回県本部大会で日本共産党県委員会を代表して挨拶させていただきました。
 戦前、戦中と、日本は国民を戦争に総動員するために、悪名高き「治安維持法」を制定しました。
 この法律により、主権在民を唱え、侵略戦争と植民地支配に命がけで反対した日本共産党員だけではなく、少し進歩的な考えを持っているというだけで、知識人や文化人や一般市民もが特高警察にとらえられ、拷問や虐殺など、ひどい弾圧を受けました。
 国民は体制に反するような言論はもとより、徴兵され、戦地に赴く夫や父親、我が子に、「生きて返ってきて」という、人として当たり前の言葉さえ、人前で口にすることもできませんでした。
 戦後、治安維持法は廃止されましたが、国家は、この法律のもとで弾圧された犠牲者への謝罪や賠償など戦後68年経つ今までまったくしていません。
 日本の戦後政治は、アメリカの世界戦略との関係で、過去の清算がなされないまま出発しました。
 このことが、戦後68年を経た今、侵略と植民地支配の誤りを認めず、歴史の真実を歪める政治勢力が息を吹き返す状況を招いたのではないでしょうか。
治安維持法について、その事実を広く知らせ、国家に、その犠牲者への謝罪と賠償を要求する治安維持法同盟の活動は、この危険な情勢のもと、いっそう重要性を増していると思います。
 二度と、過去の過ちを繰りかえすことがないように、私も、同盟の一員としても頑張る決意をこめて挨拶しました。

未来の有権者からエール

 今朝、定例の徳島駅前宣伝を終え、駐車場へ向かう道中、信号待ちしていると、横に並んだ女の子が、「あのう、共産党の人ですよね。」と声をかけてきて、「頑張ってください。共産党の人に頑張ってほしいです。」と言われて、ちょっとびっくり。
 小学校5年生で、今から塾に行くところとのこと。ちょうど居合わせて、私たちの演説を聴いてくれていたそうです。塾がすぐ近くだったのでこれ以上の話はできなかったのですが、「ありがとう。おばさんたちは、あなたたちに、平和でみんなが幸せになれる世の中にして引き継ぐために頑張っているからね。」と言って別れました。
 選挙戦中に小中学生が宣伝カーに手を振ってくれたり、声援をもらったりしたことはありますが、直接声をかけられたのは初めてです。一日中、幸せな気分でした。

日本母親大会に参加してきました

 8月24日、25日と、東京で開催された第59回日本母親大会に参加してきました。
 初日の全体会には、7000人を超える参加者が一同に会し、圧巻でした。
 オープニングは、大東学園高校男子生徒による、ヒップ・ホップダンス。参加者一同、イケメン男子の若さあふれるパフォーマンスに魅了されっぱなしでした。
 
 記念講演は、伊藤 真 さんの「憲法のいきづく国に―私たちに求められるものは」 と題した憲法のお話でした。
 伊藤さんは、弁護士で、法律資格の受験指導をする「伊藤塾」を主宰。
日本国憲法について、「『知ってしまった』からには、周囲に伝え広げて、憲法を守る運動に立ち上がらざるを得ない」という想いにさせる内容でした。戦争は人のいのちを道具として扱うものだから、どんな理由があってもしてはいけない。国家はカントリーではなく、人為的につくられた権力主体であり、文化や歴史・伝統からは中立でなくてはいけない。憲法は現実を理想に近づけるためにある。市民的連帯の力への確信を持つこと。今を変えれば、未来を変えられる、等々、たくさんの心に残る言葉をいただきました。

 文化行事は、前進座の「死んでもブレストを」の朗読劇。
1945年3月10日未明、一夜で10万人もの人が焼き殺された東京大空襲。「お国のために」と最後までブレストを離さず通信業務に励んだ末に、電話局の片隅で焼死した墨田電話局の電話交換手たちの実話をもとにした物語です。
効果音と照明のもと、観るものの想像力をかきたてる迫真の朗読劇に圧倒されました。あらためて、戦争とは何かを考えさせ、平和への想いを強くさせる、今の情勢にピッタリの文化行事でした。
 
 25日は、35テーマで分科会が開催されました。
 私は年金問題の分科会に参加しました。「現在も将来も安心できる年金のために」と銘打った分科会に50人が参加。20代、30代の若者も参加していて、注目を浴びていました。
制度改悪を推し進める一方で、親の財産・収入を差し押さえてでも国民年金保険料を強制的に取り立てる暴挙に出た国のやり方は許せません。複雑な制度だけれども、損をしないようにまず知ろう。改悪への怒りの声をあげることが大事。署名、集会、不服審査請求、なんでもできることからはじめて、とにかくまわりに知らせよう、声を上げよう、繋がろう、と勇気が湧く話し合いになりました。
 
 徳島からは42人が参加。なかには親子2世代で参加した方もいました。20代、30代の若者の参加もあり、母親運動が確実に次世代に引き継がれていく展望も見えた大会でした。
 

定例の駅前宣伝をしました

 今朝8時から、古田元則県書記長、古田美知代県議とともに、金曜日の駅前定例宣伝を行いました。
 古田書記長は大リーグのイチローが日米通算4000本安打の大記録を達成したことを喜び、イチローが記者会見で、うまくいかなかった時間とどう対峙(たいじ)するか、その積み重ねの結果だと語ったことを紹介。日本共産党も、国会での議席がなかなか増えない困難な時代にも政治革新のために粘り強く頑張ってきた。この積み重ねがあったからこそ今回の参議院選挙での躍進ができたと述べ、安倍自公政権の暴走をストップさせるために全力で頑張る決意を表明しました。
 
 私は、連日報道されている福島第一原発の放射能汚染水の海洋への流出問題を取り上げ、東電任せでなく、「国家的緊急事態」として政府が全力で対応しなくてはいけない事態。こんなときに原発再稼動や輸出などとんでもないこと。一刻も早く、事故の収束をはかるために最善の対策をとると同時に、原発にしがみつく政治から、原発をなくし、安全安心の再生可能エネルギーへの転換をはかることを政府にせまろうと訴えました。  
 また、21日に、介護・医療・年金・保育の諸制度の大改悪をすすめる手順を定めた「プログラム法案」の骨子が閣議決定されたことを受け、その内容を紹介。社会保障の全面改悪を許さないたたかいの先頭に立つ決意を述べました。  
 
 古田県議は、 「さよなら原発 徳島実行委員会」が企画した「福島から徳島へ・子どもふれあい事業」 の募金がたくさん集まり、企画が成功したお礼を述べました。また、新町西再開発問題について、住民投票の会が今後も徳島市に対して計画の見直しをせまる運動を継続していくことを紹介し、協力を訴えました。
 
 今朝も朝から日差しがきつく、訴えている最中も汗が噴き出す暑さでした。宣伝の後、涼みに入った喫茶店で、テーブルの上に飾られたとうがらし?があまりにもかわいらしくて、思わずパチリ

仁比そうへい 議席奪還、勝利・国政報告会

 「仁比そうへい議席奪還、勝利・国政報告会」が8月19日、19時から、アスティとくしまで開催されました。用意した150の椅子が足らず、追加したほどの盛況ぶりでした。
 3年ぶりに国会に復帰した仁比さんの演説は、参議院選挙中にも増して迫力のあるものでした。
8月2日の参議院本会議。副議長選で投票数が合わないという前代未聞の事態収集の場面で、議会運営委員会の一員としてさっそく本領発揮。憲法審査会の幹事の椅子を、自民党議員に直談判して確保した話も披露され、仁比さんの臨場感あふれる話は聴く人の心を掴んで離しません。
 日本共産党は、非改選と合わせて11人の参議院議員を擁することとなり、すべての委員会に委員を配置することができました。特に重要な委員会には複数の配置ができ、これからは論戦でも大幅に時間が保障されます。議案提案も日本共産党単独でもできるようになり、党首討論にも参加できます。
これで格段に国民の声が国会に届きやすくなりました。
 さあ、今度は、私たちが、様々な運動をさらに大きく広げ、世論を盛り上げていく番です。
 

美波町議会議員となった中川さんとともに、私も選挙戦を支えていただいたお礼を述べ、新しい政治を求める運動の先頭に立って頑張る決意を表明しました。

8月18日 日曜市で朝宣伝

(写真は、日曜市で訴える古田県議)
 8時から繊維団地の日曜市で古田県議とともに宣伝しました。
 今日も快晴で、朝から強い日差しが肌を刺すようです。日曜市はたくさんのお客さんで賑わっていました。
 私は、消費税増税やTPP交渉への参加、社会保障の全面改悪、平和憲法改悪前に解釈改憲で集団的自衛権を行使できるようたくらむなど、国民の民意と大きくねじれている安倍自公政権の悪政と真正面から対決し、国民のいのちとくらし、平和憲法を守る政治への転換に頑張る決意を述べました。
 古田県議は、福島原発事故の状況を述べ、日本共産党は、原発への依存をやめ、自然エネルギーへの転換をはかるために頑張っていること、沖縄の米軍基地強化、オスプレイ配備増強に反対し、基地のない平和で安全な日本をめざす運動の先頭に立って頑張っていることを訴えました。また、県議会では、子ども議会が開催されたことなどを報告しました。
 あちこちで手を振って応えてくださる方がおられ、日本共産党への期待の高さを感じると同時に、議席が躍進した分だけ、責任も重くなったことを痛感します。

終戦記念日宣伝

 今日は8月15日、68回目の終戦記念日です。11時からアミコ前で治安維持法国家賠償請求同盟の宣伝に参加しました。
 戦前、治安維持法のもとで、「主権在民」「戦争反対」を訴えた人々が拷問されたり虐殺されるなど、激しい弾圧が行われた歴史を知って欲しい、平和憲法改悪を許さない、との訴えに、前を通る多くの方がチラシを受け取ってくださいました。私もリレートークに参加。父母や義理父から聞いた戦争体験を語り、平和憲法を守り抜く決意を語りました。
 治安維持法は戦後廃止されましたが、日本政府はいまだに犠牲者への謝罪や賠償を行っていません。治安維持法国家賠償請求同盟は、弾圧の事実を国民に知らせ、日本政府に対し、犠牲者への謝罪と賠償をさせる運動を粘り強く続けています。(終了時間近くに右翼の宣伝カーが2台、「君が代」を流しながら駅前を2周していきましたが、私たちの宣伝への直接の攻撃はなく、混乱はありませんでした。)
 

 12時からは、バスターミナル前で日本共産党県委員会として終戦記念日を迎えての訴え。
 国内で310万人、アジアで2000万人を超える犠牲者を出した日本の侵略戦争と植民地支配。
 日本国憲法は、このことを深く反省し、二度と戦争はしない、そのための軍隊も持たないと世界に宣言した戦後日本の政治の原点です。憲法9条を生かした平和外交に徹することこそ、日本が世界に貢献する道でもあり、日本を守る道です。
 私は、安倍内閣が狙っている解釈改憲による集団的自衛権の行使は、日本を否応なしに戦争に巻き込む危険な道であり、アメリカいいなり政治の行き着く先であることを訴えました。
 日本共産党は、参議院選挙で躍進した議席を生かし、平和憲法を守りたいと願う多くの国民と手を取り合って憲法改悪のたくらみ打ち破るたたかいを前進させることを誓い、平和憲法を守る運度に、みなさんもご一緒に取り組みましょうと呼びかけました。(訴えの詳細は日本共産党徳島県委員会のホームページをご参照ください。)

日本共産党創立91周年記念講演会


 日本共産党創立91周年記念講演会のライブ中継に参加してきました。
 今回の選挙戦で当選した東京都議17名、参議院議員8名の紹介、挨拶の後、志位委員長の講演がありました。
 15年ぶりの躍進で当選した議員が並び、圧巻でした。ベテランから若手まで、層の厚い議員がそろい、党のなかの新しい風も感じることができました。
 志位委員長の講演も、これまでの十数年の不屈のたたかいが実った勝利であることをしっかりと味わい、今後のたたかいと将来の展望まで縦横に語られ、歴史的な勝利をおさめた年にふさわしいスケールの大きな内容でした。
 この歴史に残る選挙戦で、選挙区候補として躍進の一翼を担えたことは、私の人生の宝です。この喜びをエネルギーとして、今後のたたかいに全力で取り組むことを誓いました。
 それにしても、仁比さんの、心を揺さぶられるような迫力ある挨拶は素晴らしかった!!(まるで選挙中の演説のようでした)徳島で開催される、仁比さんを招いての8月19日の勝利&国会報告会が楽しみです。