墓参りと里帰り

上村家の墓 

14日の朝も快晴。
涼しいうちに上村家の墓参りを済ませ、夫の運転で、私の実家、愛媛県松山市へ。
鈴木家の墓にお参りした後、93歳の母と妹夫婦に会ってきました。

母は、春頃から食欲が落ちて、ほんの少しずつしか食べられなくなっています。5月に会った頃よりもさらに痩せていて、心配でしたが、ミシンで縫い物をしたり、編み物をしたり(かごバッグを編むのだとか)と、思ったよりも元気でした。

盛況だった佐那河内村の「ふるさと納涼夏祭」

 

画像に含まれている可能性があるもの:1人以上、オンステージ(複数の人)
元タカラジェンヌも出演 見事な歌と踊りに見惚れました。

今夜は、佐那河内村の第43回ふるさと納涼祭がありました。
舞台では、歌や踊り、恒例のすだち連の阿波踊り、合間に抽選会と、楽しい催し物が盛りだくさん。フィナーレは、花火。会場のすぐ傍に仕掛けるので、真上から降ってくるような迫力ですが、煙でなかなか綺麗な写真が撮れませんでした。

人口2,500人足らずの村ですが、この日ばかりは、お盆の帰省客も含めて、県外からも多くの人が集まり、大変な賑わいです。夜店も沢山出ていて、特にたこやきや、玩具掬い、腕ずもうコーナーは、人垣ができていました。

係の人の話では、今年は1,500人くらいとのことでした。

 

画像に含まれている可能性があるもの:1人以上、夜、屋外
すだち連の阿波踊り。観客も一緒に「おどる阿呆」に!

  

お盆休み 井戸寺にお参りしました

大阪で働いている娘が9日から帰省していましたが、今日、帰るというので、送りがてら国府町の井戸寺にお参りしました。
井戸寺は、四国八十八ヶ所の第十七番霊場で、白装束のお遍路さんにも出会いました。
娘は、御朱印集めをするのが趣味で、いつも御朱印帳を持ち歩いていますが、ここでも早速、御朱印をいただき、満足したようです。

それにしても、日中はやっぱり暑い!
池の鯉がうらやましく思えた午後でした。

 

 

 

 

 

 

 

お盆の支度に汗を流しました

12日は、朝宣伝の後、日頃手つかずの家の片付け、掃除、お盆の支度、夕方には、当番日最後の地区のゴミステーションの見回りで片付け、掃除と、動きっぱなしで大汗をかき、さすがにくたびれました。

写真は、わが家のお盆の支度です。13日はご先祖様を迎える日なので、団子をつくっておまつりします。お膳はご飯となすびの和え物。14日は、本膳(一汁三彩)を用意します。

床の間
仏壇

びっくり日曜市でおはよう宣伝

 

12日(日)、久しぶりに、びっくり日曜市のおはよう宣伝を行いました。 古田美知代元県議と交代でマイクを握り、核廃絶、平和への想いを訴えました。

 

交代で核廃絶を求める「ヒバクシャ国際署名」に取り組みましたが、足を止めて協力してくださる方が多く、励まされました。

昨年、国連で採択された核兵器使用禁止条約の発効めざし、世界中で、この署名を数億の規模で集めようという取り組が提起されています。

憲法9条を守る3,000万署名と合わせて取り組みを加速させたいと思います。

右側の写真は、国道438号線沿いから見た上八万星河内の風景です。今日は、雲が多く、暑さも少々ましでした。

国道438号線沿いからの眺め(上八万町星河内あたり)

辺野古新基地建設の断念を求めて  沖縄県民大会に7万人!

「辺野古新基地建設は断念せよ!」
台風が迫りくる雨の中、7万人が会場を埋め尽くした沖縄県民大会。
参加予定だった翁長知事の席には知事が被るはずだった辺野古ブルーの帽子が置かれていました。
どんな苦境のなかでもあきらめず、県民とともに歩んだ翁長知事の遺志はしっかりと引き継がれ、新たなたたかいの幕が開かれました。

首都圏、大阪でも連帯集会が開催されました。

沖縄の基地問題は、日本の民主主義、地方自治が守られるのかが試される問題だと思います。

辺野古への新基地建設ストップ! 翁長沖縄県知事の訃報を聞いて

翁長沖縄県知事の訃報に驚き、悲しみにたえません。
6月23日の沖縄慰霊の日、平和宣言を述べる知事の痩せた姿に驚きましたが、まさかこんなに早く亡くなられるとは思いませんでした。
4年前、普天間基地の辺野古への移設反対を訴えて「オール沖縄」から知事選に立候補し、当選。
以来、どんな苦境にもくじけることなく一貫して信念を貫き、7月27日に、仲井真前知事が行った埋め立て承認の撤回を宣言。新たなステージでのたたかいが始まった矢先でした。さぞかし無念だったと思います。

 

翁長知事が、沖縄県民の悲願を受けて、まさに自身のいのちを削ってでも成し遂げようとした辺野古への新基地建設阻止のたたかいは、これから正念場を迎えます。

「土砂投入を許さない!ジュゴン・サンゴを守り、辺野古新基地建設断念を求める8月11日県民大会」の成功と、9月に早まった県知事選挙での「オール沖縄」の勝利を!

政府には、辺野古の海への土砂投入の中止を求めます。

8.1琉球新報より

全医労四国地方協定期大会で挨拶

国立病院等で働く労働者の組合、「全医労」の四国地方協定期大会に初めてお招きいただき、来賓の挨拶をさせていただきました。

 

全医労のみなさんは、国立徳島病院の事実上の廃止=板野にある国立東徳島医療センターへの統合、機能移転を行う基本構想が発表されて半年、何としてもこの計画を撤回させ、徳島病院の存続を!と、団結して頑張っています。地域住民も立ち上がり、署名活動も始まっています。

私は、挨拶の中で、議会で徳島病院の問題を取り上げ、県議団として国会議員とも連携して国に計画の撤回と徳島病院の存続を申し入れたことを報告し、激励しました。

 

全医労の「声明」を以下に掲載します。

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声明 国立徳島病院の「廃止計画」発表に断固抗議する

 

独立行政法人国立病院機構(以下、国立病院機構)は、12月25日、徳島県の地域医療構想調整会議に対し、「東徳島医療センターと徳島病院の機能再編案」(以下、「再編案」)を提出したことを明らかにした。

「再編案」は、「東徳島医療センター(徳島県板野郡板野町)の地に、徳島病院(同県吉野川市)の医療機能等を移転・統合し、医療機能の集約化による充実・強化と病床数の適正化等を図る」としているが、徳島病院の実質的な廃止計画にほかならない。移転時期については「3~4年後の移転を目途に調整する」としている。

 

国立徳島病院は、1945年12月に国立徳島療養所として発足以降、現在は、入院病床300床(神経・筋難病240床、一般60床)を運営し、四国で唯一の筋ジストロフィー医療施設である。また神経・筋疾患の基幹施設であると同時に、徳島県難病医療ネットワーク事業における難病医療拠点施設として、難病医療の支援体制を担っている。院内に設置された総合リハビリテーションセンターとパーキンソン病センターは先駆的な研究や実践を行っており、地域でも求められている病院である。

 

国立病院機構は「再編案」の理由として、「県の将来あるべき医療提供体制の構築」に向けて、国立病院機構として検討した結果、① 医療機能の集約化による充実・強化、② 患者の療養環境の向上、③ 徳島県における医療レベルの向上に貢献、④ 病床数の適正化等を図るため、などとしている。しかし、その本質は、大学病院が医師派遣先の集約を求める中で、深刻な医療実態を顧みず医療費抑制のためだけに大幅な病床削減を目論む「地域医療構想」に乗じて、国立徳島病院の廃止と病床削減を企てているにすぎず、あまりに安易な経営判断と言わざるをえない。

 

この間、国立徳島病院は、神経筋・難病の政策医療を担うとともに、国立病院機構も徳島病院に対して、病棟を新築移転と同時に総合リハビリテーションセンターを開設するなど一定の資源を投入し、医療機能の充実・強化をはかってきた。患者・家族、地域住民、職員も、さらなる徳島病院の拡充と地域医療の充実を期待していた矢先の暴挙である。

全医労は国立病院機構に対し、「再編案」の白紙撤回を求めるともに、国立徳島病院の存続・充実と地域医療の拡充のため、そして職員の雇用を守るため、全力をあげて奮闘するものである。

 

2017年12月26日

全日本国立医療労働組合

道路愛護で汗を流しました

今朝は、村の道路愛護の取り組みで、日浦常会の村道の草刈りに汗を流しました。
本当は先週の日曜だったのですが、台風12号襲来で警報が出ていたので、延期となっていました。

今日の作業を少しでも楽にしようと、すでに多くの場所で草刈りを済ませていただいたおかげで、1時間ほどで終えることができました。

生い茂っていた雑草や雑木がきれいに刈り取られて、見違えるようにすっきりと、通りやすくなった村道を歩きながら、「森林浴」としゃれこみたいところですが、暑くてそれどころではありませんでした。昨年までは、日陰で涼しさを感じたのですが、今年は、全く涼しさを感じませんでした。

この暑さ、いつまで続くのでしょうか。()

8月になりました! 県庁ホールで原爆パネル展開始

原爆パネル展のコーナーで

8月になりました。

原水禁世界大会、お盆に阿波踊り、終戦記念日、日本母親大会(今年は高知です) 等々、行事が目白押しです。

県庁ロビーでは、今日から10日まで、昨年度に続き原爆写真展が開催されています。多くのみなさんに見に来ていただきたいと思います。

今年は、国連加盟国の約3分の2にあたる122カ国・地域が賛成し、国連で核兵器禁止条約が採択されてから1周年。採択に中心的な役割を果たした国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)がノーベル平和賞を受賞したことも特筆すべきことです。
さらに、今年は、南北朝鮮首脳会談に、史上初の米朝首脳会談も実現しました。「核兵器のない世界」、北東アジアの「非核化」へと、大きく前進した年です。

 このことを確信に、核兵器禁止条約に背を向けている日本政府を変えるたたかいを大きく広げていきたいものです。