恵比須浜港湾 32億円のつり公園?

 4月11日は、県南の日和佐で支援者への挨拶回りと街宣をしました。藤本議員とほたる村のかっぱのげんさんが同行してくださり、楽しい一日でした。この写真、遠くから撮影したので、わかりにくいのですが、日和佐の恵比須浜海岸につくられた港湾施設です。かつての公共事業の無駄遣いの象徴として有名になりました。大きな貨物船などの船舶が停泊できるようにとつくられたそうですが、できてから一度も船は来ず、もっぱら釣り人のための釣り場&駐車場となっています。

4.14 建労総決起集会

   不況打開・生活危機突破 4.14 徳島建労総決起集会 で ご挨拶させていただきました。 執行部の予想を超える 1,270人 もの組合員が県内各地から結集し、壮大な集会でした。
徳島の建設労働組合に加入している組合員さんやその家族(子どもさんや赤ちゃんもたくさん参加されていました)が県内各地から集結し、登り旗がはためき、「消費税増税反対」などの要求を掲げたカラフルなプラカードもあふれ、熱気を感じる集会で、私も元気をいただきました。デモ行進の後、「消費税が上がったら、わしらの仕事はガタンと減るでよ。生活かかっとんじゃ。」という会話を耳にし、この夏の参議院選挙、なんとしても日本共産党の躍進を勝ち取り、「消費税増税にストップをかけるぞ」と、決意もいっそう高まった日でした。

先輩(もと看護師さん)との会話

 午前中、挨拶に回ったお宅で、元看護師をしていたという方との立ち話。
 その方は、ある病院に勤めていたのですが、病院がなくなるということで、仕方なく1年早く退職されたそうで、今は年金生活とのことでした。年金が予想していたよりも少なく、先行き不安。今はなんとか元気だけれど、3交代で夜勤もして無理してきた体なので、健康には自信がない。(私も同感です!!。すごく不安です。)これから先、病気になったら、医療費の心配もしなくてはいけない。それなのに、物価が上がるなんてとんでもない、消費税増税も困る。政治が行きつもどりつして、ちっとも安定しない、どうなっているのか、悪くなるばかり。「アベノミクスなんてもてはやされているけど、私らには関係ないわ。共産党に頑張ってもらわんと、しっかりやってよ!」とハッパをかけられました。全然知らない方なのに、元同業ということもあって、ずいぶんと長話をしてしまいました。平日の日中におじゃますることが多いので、必然的に年金生活の方にお会いすることが多いのですが、年金生活って、他に貯蓄がたくさんないと、本当に不安ですよね。人ごとではない、そう思いました。

地域の方の声

今日は、午前中、地元佐那河内村で立候補のご挨拶にまわりました。畑で作業されていた方から、「うちはオール電化にしたけん、電気代が上がるのはこたえるわ。」との声。庭でお花の手入れをされていた方から、「年金下げられるのは困る。その上に消費税が上がったらどうしようもないわ。」との声。本当にそうですよね。立候補表明してから1か月、県内あちこちまわらせてもらい、「生活が大変」との声のなんと多いこと。みなさんの声を国政に届けるべく、頑張らなければ、とますます強く思う日々です。午後からは会議で、合間に団体への挨拶と、ちょっと遅くなったので、今日はこの辺で失礼します。

早速のコメント、ありがとうございます

 ブログを立ち上げて、3日目になりました。コメントを寄せていただいたみなさん、ありがとうございます。続けられるように頑張ります。また、内容もおいおい充実させていきたいと思っていますので、今後も是非、コメントをお寄せください。
 琵琶玲玖さん、お体大切になさってください。社会保障制度の再生・充実に向けて頑張ります!

地元(佐那河内村)の河川一斉清掃

 今朝は、私の住んでいる佐那河内村の河川一斉清掃がありました。
 佐那河内村には「常会」という集落ごとの自治組織があります。(戦時中につくられた「隣り組」がもとになっているそうです)その常会全部が、村を流れる園瀬川を場所を分担してお掃除します。川に捨てられたゴミを拾い集めたり、護岸の草刈りや流れをじゃまするような樹木(伸びすぎて川面を覆うような竹など)を伐採したりします。これには各戸から最低1人は人手を出す決まりになっています。
 朝、集合時間の8時より早めに、私の所属する「日浦常会」の集合場所の橋に行ったのですが、誰もいません。橋から奥にむかって車を走らせていると、集合場所に向かっている人に何人か出会ったので、もう一度引き返してみると、橋のたもとに何人か集まっています。常会長さんが、「今日は川の流れが速くて入れん。風も強いから危険じゃ。うちの常会は、今日はやめて、来週にせんかよ。」と言って、それもそうやということで、結局中止に。来週の日曜日にすることになりました。(他の常会はしていたところもあったようです)

 そんなわけで、今日は、河川清掃の様子を写真で紹介しようと思っていたのですが、残念ながら、お預けとなりました。午前中、時間が空いたので、自宅にもどって着替え、村内でまだ立候補のご挨拶にまわれていなかったお宅に伺いました。風が強くて、小柄な私は飛ばされそうでした。 

はじめまして

 ネットデビューした初心者です。よろしくお願いします。
これから少しずつ記事を書いていこうと思っています。ご意見や感想、待っています。
 
 医療の現場で33年間働いてきた看護師が、なぜ、参議院選挙に立候補しようと思ったの?びっくりしたー!!何があったの?周囲の多くの人から、よく聞かれます。実は、自分でもびっくりしています。
 
 1980年に徳島健生病院に看護師として入職してから、ずっと、「病気になったときくらい、お金のことを心配せずに安心して療養できる社会にしたい」と思ってきました。私が働き出したときは、70歳以上の方の医療費は無料だったんです。外来のカルテの表紙に寿の印が押してあったことを覚えています。ところが、「病院がお年寄りのサロン化している」とマスコミで取り沙汰されるようになって、1983年には、外来1か月400円の自己負担が導入されました。それ以後、負担額が倍になり、今では1割負担となってしまいました。健康保険の被保険者本人も10割給付=自己負担ゼロだったのが、国民健康保険の人と比べて不公平と言われだし、今では3割負担。しかも、入院の場合には、ほとんどの病院が差額ベッド代が必要となることが多い現実。(ただし、徳島健生病院は個室でも差額ベッド代はいりません。)国民健康保険の保険料が高くて払えず、無保険になっていたために、体調が悪くても病院にかからずに我慢していて、どうしようもなくなって受診した時には、末期がんで手遅れになっていたという患者さんのお世話をすることもありました。経済大国の日本で、なぜ、こんなことが起きるのだろう。病気になったときくらい、お金の心配をせずに安心して療養できる制度になぜできないんだろう、とずっと思ってきました。

 私の働いていた医療機関は、「民医連」という全国ネットの組織に所属する生協の病院で、、医療や介護、福祉制度を良くしようという運動もしています。また、私も労働組合に入り、ここ12年ほどは、単組の委員長もしていたので、「医師・看護師・介護士などの医療・介護従事者を増やして!」など、署名活動や国会請願にも取り組んできました。でも、なかなか良くならないどころか、ますます悪くなっている、私たち看護師の仕事も33年前と比べると、ずっと過酷になってきている、やっぱり大元の政治が変わらないと、と思っていました。学生時代に、「社会を変える一員になろう」と日本共産党に入党し、働きだしてからも合間で党活動もしていましたが、正直言って、あまり満足できる活動はできていませんでした。そんなところに、今回の参議院選挙立候補の要請がありました。かつて夫(上村秀明)が参議院や衆議院、県議補選と立候補していたことがあり、私も候補者の「妻」として、支持者への挨拶回りや、支援者の集まりに候補者の代わりにお話しをさせてもらったことがありますが、まさか、自分が候補者になんて思ってもいなかったので、びっくりして、最初は返事できませんでした。でも、自分の入党の時の初心や今までの人生を振り返って、不安もたくさんあるけど、こんな私で役に立つのなら、頑張ってみようかな、と「踏み切り」ました。初めての体験ばかりで、毎日ただ無我夢中でやってきて、気がついたら候補者としてデビューしてから1か月が過ぎていました。まだまだ序の口と思いますが、しっかり勉強もしながら、頑張りたいと思います。どうかよろしくお願いします。