第84回メーデー集会(徳島県中央メーデー集会)での私の挨拶

 集会参加者のみなさん、おはようございます。
 第84回メーデー集会の開催、おめでとうございます。
 私は、日本共産党徳島県委員会、医療・福祉対策部長の上村きょう子です。この7月に行われる参議院選挙で、徳島選挙区に立候補を予定しています。
 今日は、日本共産党徳島県委員会を代表して連帯のごあいさつをさせていただきます。どうかよろしくお願いします。

 安倍政権の経済政策は、どれも大企業応援の政策で、この政策が招いた急激な円安・物価高は国民生活に深刻な影響を与えています。さらに、医療・介護、年金、福祉など社会保障制度のすべての分野にわたる改悪と、来年予定されている消費税増税。多くの国民にとって、最悪の政策しかない、これが安倍政権の実態ではないでしょうか。

 日本共産党は、まず働くものの所得を増やす、国民の懐をあたためることで、経済を活性化させる、大企業や大金持ちの優遇税制を改めるなどで財政を立て直し、消費税に頼らない社会保障制度の維持、再生、さらに拡充をと提言しています。「今こそ大企業の260兆円もの内部留保をこのために役立てるべきだ」、この日本共産党の提案に、政府も財界に賃上げ要請に行くなど、動かざるをえない状況をつくりました。

 JAをはじめ、医療団体など広範な市民団体、保守層の方々とも共同し、「農業と食の安全、医療、雇用など国のかたちをこわす」TPP交渉への参加阻止のため正面から闘ってきました。

 安倍政権は、福島の原発事故を経験するなかで、国民の多くが望んだ、原発「ゼロ」安心安全のエネルギー政策への転換の願いを裏切り、原発再稼働、推進の立場にたっています。さらに、唯一の被爆国でありながら、国連の核兵器の不使用を主張した共同声明への署名に背を向けるひどい政府です。

 国民の安全を脅かす、オスプレイなど米軍の危険な低空飛行訓練に対し、抗議するどころか、日米安保条約にもとづく軍事機密だからと、国民に最低限の情報さえも知らせない。その上、アメリカのおこす戦争に参加できるように憲法を改悪する、そのハードルを引き下げるための憲法96条の改定をこの夏の参議院選挙の争点にしようともくろんでいます。

 日本共産党は、こうした、くらし、平和・民主主義をこわす逆流に正面から立ちはだかり、みなさんの運動と連帯してたたかいます。「大企業中心」「アメリカいいなり」の政治から、働くものの願いを実現する政治に転換させるために頑張ります。
このことを決意し、連帯のごあいさつとさせていただきます。ともにがんばりましょう。

徳島県中央メーデーで挨拶

 5月1日、メーデー日和の快晴でした。午前中、徳島県国民春闘共闘委員会と県労連共催のメーデー集会に参加。日本共産党徳島県委員会を代表して挨拶させていただきました。
(挨拶文も掲載しています) 昨年まで、私は徳島健康生活協同組合職員労働組合の委員長として、旗を持って壇上を見上げていた方です。自分が来賓として壇上に上がるような立場になるなんて、不思議な感じでもあり、時間の経過は恐ろしい・・・という感じもします。この後、恒例のデモ行進にも参加。デモ行進終了後は、元職場の仲間たちと、例年通り、アミコビルの2階に上がる階段を陣取り集合写真に収まりました。なんだか、まだ健生の職員のような気分でした。
 午後2時からは三好市の池田総合体育館で開催された西部メーデー集会で挨拶。徳島自動車道を走ったのですが、強風にあおられ、ちょっと怖いドライブでした。いよいよ5月に入り、参議院選挙まで2か月。いよいよ迫ってきた、とあせりを感じる日々です。

菜の花がいっぱい

 私の自宅のまわりは、田んぼと畑ばかりですが、今、菜の花が満開です。黄色がとてもきれいでしょ?私の大好きな色です。
 4月29日は、地元を回った後、会議に出席しました。昼に本を買おうと、クレメントに寄ったのですが、「上村さんでしょ。」と声をかけられ、見覚えのある顔?なんと子どもの保育所時代、おなじ年だった女の子のお母さんでした。・・・ということは、隣で子どもさんをだっこしてるのが、うちの息子と同い年だったお嬢さん!?時間の経過を感じた瞬間でした。

4.28「主権回復の日 記念式典」の中止を求める女性連絡会議が宣伝

 
 4党そろい踏みの抗議行動が終わったあと、女性連絡会議も抗議宣伝を行いました。私もマイクを持って、訴えました。
 
 日本は独立国と言いながら、未だに沖縄をはじめ、日本の国土のあらゆる場所に米軍基地がおかれ、日本国民の安全、安心など無視して、日本の陸海空を米軍が自由に使っている状況です。いったんことあれば、米国のための戦争の出撃基地にもなる日本。私たち女性は、このような社会を、未来を、子どもたちや若者たちに手渡すことなどできません。今こそ、憲法を改悪しようとする勢力に審判をくだし、真に平和な「日本をとりもどす」、平和憲法が本当に活かされる郷土をつくっていきましょう!!

「主権回復の日」政府式典に反対する4.28徳島行動

 4月28日(日) 13:00~徳島駅前で「主権回復の日」を祝う政府の式典に反対して、民主党、日本共産党、社会民主党、新社会党の4党が勢揃いして街頭演説を行いました。真ん中が日本共産党徳島県委員会委員長の上村秀明(私の夫)です。
 
 政府は今年に入って、4月28日を「日本国と平和条約の発効による我が国の完全な主権回復及び国際社会復帰60年の節目を記念」して式典を開くと決定し、本日11:00~天皇・皇后出席のもと、政府主催の式典を行いました。

 1952年4月28日は、サンフランシスコ講話条約発行日です。戦後、連合国の占領下にあった日本は、この条約により、北緯29度以南の沖縄、奄美、小笠原をアメリカの施政権下に置くことと引き替えに独立を回復しました。そのため、沖縄の人々はこの日を「屈辱の日」と呼んでいます。沖縄は、これ以後、10年以上にわたり、本土への復帰をめざして闘い、これに連帯した日本国民と国際社会との共同の、文字通り、血と涙の闘いの末、やっと日本本土への復帰を勝ち取ったのです。しかし、願っていた「基地抜きの復帰」はかなわず、それが今も普天間などの基地問題につながっているわけです。こうした経緯があるため、戦後60年にわたり、4月28日は「日本の主権回復を祝う」日などとされてこなかったのです。
 4月28日を日本の「主権回復の日」として祝う安倍内閣の思惑=1952年4月28日以前に発布された現憲法は、日本の独立前にアメリカにおしつけられた憲法だ。これを破棄し、自らの手で新しい憲法をつくる、まさに「日本をとりもどす」=このたくらみが透けて見える行為ではありませんか。しかも、この式典に天皇を出席させるなど、憲法違反もはなはだしい。天皇が一言もことばを述べなかったということは、まさにこの異常さを象徴しているように思います。

日曜市で、新町西再開発の住民投票を求める署名の呼び込みをしました

 4月28日(日)、8時から、繊維団地の日曜市で行われている住民投票の署名活動をお手伝いしました。私は徳島市の住民ではないため、受任者になって署名を集めることはできません。もっぱら署名の呼び込みをしました。今日は天気はとても良かったのですが、風が冷たくて、日陰の署名のブースでずっと立っていると体が芯から冷え込みました。間で、日向に出て、古田県議と街頭宣伝もしました。

日常活動にもどって

 4月25日の夜の最終フライトで徳島に帰って来ました。この3日間、初めてのとても貴重な体験をさせていただきました。
 
 26日は国府支部に初めてお招きいただき、立候補の動機やこの間の活動で感じたことなどお話させていただきました。その後、大学時代、私のあこがれだった大先輩(女性)の案内で支援者への挨拶回り。「共産党はいつもいいこと言うのに、なかなか(議席が)増えん。今度こそしっかり票を取ってよ!!」と励まされました。本当にみなさんの期待に応えられるよう、頑張らなくては!!  

 27日は、新町西再開発の住民投票を求める会の署名活動の支援で元職場や地域をまわりました。私は徳島市の住民でないため、受任者になって署名が集められないのが悔しいところです。

 明日、28日は政府の「日本の主権回復」を祝う式典への抗議行動に参加します。

日本共産党四国ブロックの政府要請行動に参加

 福島での仮設住宅訪問と除染の視察を終え、私は4/25の四国ブロックでの政府要請行動に参加するため東京に移動。
 衆議院第一議員会館の志位委員長の控え室で四国の代表団と落ち合い、政府交渉に参加しました。
仁比そうへい前参議院議員(参議院比例代表候補)や春名元衆議院議員も参加されており、お二人の迫力ある交渉を間近に見させていただくこともでき、学ぶことの多かった一日でした。
 私は、オスプレイの飛行訓練に対する抗議とTPP交渉参加問題、子どもの医療費無料化問題と3回発言の機会をいただきましたが、若い(30歳代くらいか?)官僚の卵?を相手に、まるで労使の団体交渉のバージョンアップといった感じでした。
 私が在職中に徳島健生病院に勤めていたことがある白川香川県議や、医学対をしていた頃に高知医療生協で同じ医学対をしていた細川高知市議とも感動の再会が果たせました。